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2003年1月 子宮ガンの告知を受けました。その後、手術・抗ガン剤・放射線の治療を終え、今は元気に暮らしています。しっぽな 


by hijiki222
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MRIと膀胱鏡

  【膀胱鏡】
入院前・・・MRI検査、CT検査、膀胱検査を受けた。

まずはマジ泣きした〝膀胱鏡〟

膀胱に転移してないか泌尿器科に回された。
膀胱鏡って、もしかして尿道からカメラを……
絶対痛い!痛いに決まってる!

婦人科の内診台はボロッちくて、年期が入っていたが
泌尿器科の内診台ったらピンク♪
それも座ると自動で背もたれが倒れ、オマタも自動で開いてしまう^^;
そんなことに浮かれてる場合じゃない!
だって痛い検査なんだもの~~

尿道に塗るタイプの麻酔薬を付けてくれるが、きっとこんなの気休めでしかないはず。

内診台の横にはモニターが設置されており
患者にも様子が見えるようになっている。

Dr. 「ではカメラを挿入しますね~。筋肉を通過するときに少し痛いだけなので」

私  「は、はいっ!!」

   ………………………。
私  「痛いぃぃぃ!」

どうやら入りづらかったらしい。マジで痛かった。
医者に対して「痛い」と言うのは小さい頃から怖くて言えなかった私は
絶えるしかなかった。。。
でもマジで痛い!勝手に叫んでいた。

カメラを変えたらしい?!カーテン越しなので作業が良く分からない。
Dr 「こっちでは大丈夫かな?」

「いたーーーーーーーーーーーーーーーぃぃ!」

あまりの痛さに気を失いそうになる。いっその事気を失いたかった。
すーっと痛みが消えたとき、モニターを見て下さいね、と言われた。
私の膀胱。ピンク色で小さなアワアワが見える。残尿だろうか?
凄く神秘的に感じてしまう。

どうやら膀胱までは転移がないようだ!良かった☆

カメラを抜くときも痛みが走った。終わったぁ~
イヤイヤ終わってなかったのだ!

膀胱鏡を受けた後は水分を沢山とって、どんどん尿を出すと言われた。
でも検査が終わって自宅に帰っても、まだ尿道がヒリヒリ痛いのよぉぉ。

家でトイレに入ってみる。尿意はあるのだが怖くてなかなか出てこない。
チビッっと出してみる。
ひぇ~~いてーよぉ(TT)

きっとガマンしていれば、時間とともに痛みが消え、おしっこがシミないはずだ!
こうなりゃ水分なんて補給しない!徹底抗戦!
10時間経過。
そうだ!お風呂場でシャワーと一緒なら。
チビッ…いてーよぉ(TT)

そうだ!浴槽の中でなら♪
チビッ…いってーーーー(TT)

結局、私は24時間寝ずにガマンしたのであります。
24時間経過した尿道はカメラで傷つけられた傷も塞がり
痛みもなく大量に出たのでありました。

もし、もしも今後、膀胱鏡と言われたら
絶対拒否!腹に局部麻酔して腹からカメラ突っ込んでくれ!と言います。
多分。言えたら。。。。。

  【神風特攻隊(MRI)】

これは無痛の画像検査。
造影剤の注射だけ。
工事現場のようなデカい音がするのでヘッドフォンを当てられ頭からドームに入ります。
検査室は孤独。
このドームの中で私はおかしな錯覚を起こした。

神風特攻隊!真っ先にその言葉が頭をよぎった。

このドームはゼロ戦。私は今からこれに乗り込み戦場に行くのだ!
実際の特攻隊員は帰らぬ人となってしまったけれど
私はガンと闘って必ず帰ってくる!

そんなことを考えているうちに悲しくなってきた。

不動産屋詐欺にあったこと。それが元で離婚したこと。
父のガン。手術には成功したものの生存率が非常に低いこと。
実はまだまだあった…。

何故、私ばかりに不幸が舞い降りてくるのだろう?

そんなことを考えさせられる時間であった。

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by hijiki222 | 2003-02-28 04:59 | MRIと膀胱鏡検査

手術 2003年2月25日

  【手術】  2003年2月25日

私って・・・おかしいかな???

実はこの日が来るのを楽しみにしていた。

恐怖心はなかった。

癌を取り払ってくれるのが嬉しいってワケではなく

〝手術〟にウキウキしていたのだw

(術後は浮かれてた自分がバカだった・・・と思うほど
苦しみましたがw)


6時・・・もう出ない!ってぐらい夕べはトイレに通ったのに
     最後のとどめの浣腸。

7時半・・・姉と息子達、相棒が来る。年老いた両親を長時間待たせるのは
      大変だろうと自宅で待機してもらう。

      手術着に着替え、紙製の帽子を被り、
      院内の薬局で購入した弾性ストッキングを履く。
      準備が整うとストレッチャーに乗る。

8時・・・肩に筋肉注射。さほど痛くはない。子供達と話しているうちに
     意識が朦朧としていく。
     オペ室に入る前に
     「頑張るね~」と手を振ったらしいが記憶にない。
     情けないことに口をあんぐり開けて、なんともマヌケな顔だったらしい。

オペ室・・・残念ながら記憶にない。
      
?時・・・「しっぽなさーん、終わりましたよ」と声をかけられて目が覚める。
     目を開けることが出来ないほど気持ちが悪い。
     喉が痛い。寒い。

硬膜外麻酔のお陰で今は傷は痛まない。
時間を聞いてみる。 もう4時だそうだ。随分時間がかかったんだな・・・。

少し落ち着いた所で手術をしてくれたDr.が様子を見にきれくれた。

「手術はうまくいったよ。後は時間とともに痛みが消えていくからね」

長いこと待ってくれた、姉、息子、相棒が部屋に入ってきた。

次男が私の写真を撮っている。
安心させるために、わざとヘンな顔をしてみせた。

その晩は鼻から胃まで通っている管が唾を飲み込むと異常に痛い。

我慢出来ないほどの痛みが襲ってくるとナースコールを押し
背中に入っている管を通してモルヒネを入れてもらう。
最悪だったのは〝痰〟だった。私は喘息持ちのくせにヘビースモーカー。
3年経った今も止めることができない。
時折、痰が喉までくる。それを出そうとすると、お腹に力が入るので
猛烈な痛みが走る。
それでも痰は自然と体から出ようとする。無理に飲み込もうとすると
鼻から通っている管が喉に触れて痛い。
手術が決まった日から喫煙しとけばよかった・・・・。

地獄のような晩だった。

  【術後説明】

本来なら自分の体のことだもの自分で聞きたい。
でも大手術の後、それは不可能。
事前にDr.に了解を取り、術後説明をビデオで撮ることにした。
摘出したばかりの子宮を後に見た。
声は聞き取り辛かったけど腫瘍はハッキリと分かった。

このビデオを見せてもらったとき、姉と相棒は私に
あることを隠していた。。。
音声がはっきりと聞こえなかったことが救いだったのだろう。。


  【術後  翌日26日】

モルヒネで痛みが消えているときは酸素マスクが苦しい。
夕べも何度か自分で外すもナースに着けられる。

昼頃、酸素マスク外れる。

この時の私は体から沢山の管が出ていた。

鼻から胃までのチューブ
右手に点滴
右側の首からも細いチューブが皮膚に縫われ、大きなテープで固定してある。
背中からの硬膜外麻酔の管
尿を出すためのカテーテル
リンパ液や血液を出すドレーンがお腹から2本。これも皮膚に縫い付けてある。
(それと・・・・・臍上数せんち上にも細い管が出ていた・・・)

モルヒネが効いて痛みが和らいでいるときは窓から見える空をぼんやり見ていた。

傷の痛みと痰の苦しみ・・・・。明日には軽減されるのだろうか・・・。

鼻からの管があまりに痛く、夕方無理を言って抜いてもらう。
なんとも気持ちが悪い。

横になったまま口の中をゆすがせてもらう。

午後、傷の消毒。

ちょっと動かされるだけで猛烈に痛いのに
出来ることなら触れて欲しくない。
もっとそーっと出来ないのか・・・と思うほど
グリグリと消毒される(TT)

***************************************************
  ≪看護記録より≫

夜間は創痛に対し、ソセゴンを使用し、3~4時間効果があったとのこと。
10:30より3回目のソセゴンを使用するが全く効果なし。
Dr.Tに確認し、レペタンス使用。その後鎮痛はかれる。
自己体交はできるがベッドUPはまだできていない。


***************************************************

  【術後 3日目 27日】

昨日より大分楽になってきた。
話せる状態になったので、姉が両親と子供達を連れて来てくれる。

小さな声じゃないと傷に響いて痛い。

午後、歩いてみましょうか!と言われる。
こんなに痛いのに無理だよ~。
支えてくれるナースは私より10キロは少ないか・・・?
申し訳ない。
点滴スタンドとナースの肩につかまり立つ!
痛さプラス貧血でフラフラになる。
そのまま何も見えなくなりベッドへ倒れこむ。

造血剤投与。

**************************************************** 
  ≪看護記録より≫

熱が38あるものの自覚症状なし。
ガス(-)グル音良好のため飲水OKと指示があるも、あまり飲めず。
少し歩行した際、起立性低貧血あり。

麻痺製イレウスをおこす可能性あり。


****************************************************
  【術後 4日目 28日】

午前中、膀胱のカテーテルが外れる。
トイレに行くために一人で立つ。立つと言っても傷が痛く
自動べッドの背を起こし、腕の力で少しずつ少しずつ・・・・。
何分もかけて起き上がる。
立つと内臓が傷にドーンと落ちてくるのが分かる。
これがまた激痛。顔がゆがむ。
痛さが落ち着くまで前かがみのままで耐える。

やっと立ってトイレまで行ったのに、オシッコが出ない。
力んでも出ない。尿意を伝える神経が切断されてる為だ。

昼頃、ガスがやっと出たので流動食が運ばれる。抹茶味のミルクが凄く美味く感じた。

首から出ている管の先には太い針が入っていた。
首を動かすと貼ってあるテープで顔の皮膚がつっぱる。


体が動かせるようになったので
そっと腹帯をめくって傷を見てみよう。
ガーゼが貼ってあるテープも恐々剥がしてみる。
臍の上まで傷があった。。。
あれ?!臍上5センチから出てる管はなんだろう??
黒い糸で皮膚に縫い付けてあり、クルンと巻いてテープで固定してある。

私が調べた中ではリンパ液を出す太いドレーンしか知らない。

きっと手術だけでは終わらないんだ・・・・・。

造血剤投与。

  【術後 5日目 3月1日・・・尿・便が出ない】

個室から大部屋に引越し。ナースステーション前の廊下側になった。
誰かが通るたびに目が合う。イヤだなここ。。

午前中、腹部のドレーン(2本)を抜く。
マックのストローより少し太い管。お腹に縫い付けてあったので
それを切ってから、ソーっと抜いていく。
痛みはないが、随分長い物が入ってたんだな。
1センチほどある傷口は縫うわけでもなく、テープでバッテンに貼っただけ。

午後には首の点滴も取れた。テープでかぶれてしまっていた。

昨日外した尿のカテーテルなのに、尿意がなく夕方また入れられてしまう。
今日からそれも外して一日6回の〝残測〟が始まる。
残測とは4時間おきにトイレに行く。オシッコが膀胱内に残っていないか
その後、カテーテルを挿入して全部出切れているか調べる。
新米ナースが可愛い残測時間表を作ってくれた。
これを枕元に貼って忘れずに行くのだ。夜中は起こしに来てくれる。
c0080731_15554434.jpg

トイレの度に数分かけて起き上がり、ドーンとくる痛みが治まるまでに数分かかる。
トイレに行くもやっぱり出ない。量を測るために軽量カップを持って
内診室へ行き、膀胱内の尿をカテーテルで抜いてもらう。
パジャマ・下着を脱ぐのも一苦労。内診台へ上がるのも一苦労。
膀胱内の尿を出してもらった後は尿の入ったカップを持って
残尿を自分で蓄尿して行く。そこは沢山の人の尿袋がある。当然匂う!

造影剤投与。 尿意なし。

*************************************************
  ≪看護記録より≫

粘液が出たのみで排便なし。満腹感なし。ガス・ガス音(+)
本日よりmag服用開始。ope式がラジカルであり、昨日までADLupも
進まない状況だったため腸運動弱い


***************************************************
  【術後 6日目 3月2日】

夕べは21時に眠剤を飲む。でも、3時間ごとには残測で起こされる。

朝、具合が悪く起きられない。ベッドに横になっているのに目が回る。
ガスも出なくお腹が張る。

食事が食べれなかった。楽しみのカレーだったのに。

午後、友達が見舞いに来てくれた。

続いて両親と長男と姉。

夕方には相棒と次男。

少し疲れた。

今日の消毒のとき、初めて腹部全体を見た。臍上から左カーブして恥骨の上まで・・・。
こんなに切ったんじゃ痛いわけだ!

午前中、隣のベッドに若い子が入ってきた。彼女はカツラだった。
入院も慣れているのか、てきぱきとベッド周りを持ってきた物で固めている。
リッちゃん23歳。
友達になれるといいな~

造血剤投与。尿意なし。

  術後 7日目 3月3日

朝から腹痛。相変わらず便が出ないため浣腸。
固形物はなく出るのはそのままの液だけ。

教授回診があった。奥のベッドのおOさんは教授の知り合いらしく
優しい言葉をかけている。
私の番になった。
「天井ばかりボーっと見てないでOさんを見習いなさい」と言われた。
Oさんは術後の経過が良くテキパキと歩いている。
トイレで悔しくて泣く。私だって動いてないわけじゃない!
4時間おきに起こされトイレに行き、寝る時間すら少ないのに・・・・。
二度と教授回診なんて出るものか!!

悔しいのと悲しいのと・・・・・。下剤を3回分一気飲みした。
便が出れば動くことができるはずだ!

夕方、友達が見舞い。久しぶりに会ったので嬉しかった。

夜、下剤が効いたか便が少し出た。

尿意なし。

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by hijiki222 | 2003-02-25 21:33 | 手術~術後7日まで

手術前日~

  【手術前日・手術説明】  2003年2月24日

朝食抜きで朝8時から点滴が始まる。
私は喘息持ちなのでアレルギーを
抑える点滴らしい。

採血・・血液の固まり具合を調べるらしい。

午後1時・・・剃毛。病棟の内診室でバリカン。くすぐったい。
        残尿を調べる為のカテーテル。
        (その後、この内診台に200回程乗るはめになった)

2時・・・・・・入浴。長年お世話になった子宮と卵巣にご苦労さん!
       なんて言ってみる・・・。

2時~4時・・・2リットルの下剤〝ニフレック〟を飲む。
         日頃水分を摂らない私にはキツかった!マズイし!

5時・・・・・手術説明。姉と相棒、友達が来てくれる。
      (下剤が効いてきて何度もトイレに走った)
      
       腫瘍が珍しい位置にあったらしい。予想以上に大きいことを知らされる。
       6cm×3cm。
   
       検討した卵巣だが、腫瘍が卵巣の間近まであるので
       摘出せざるを得ない。

       広汎子宮全摘・卵管・卵巣・リンパ節郭清

       この手術は骨盤内の膀胱、尿管、直腸を残した、すべてのものを
       摘出する、と言っていいほどの大手術らしい。


             私の断面写真
c0080731_19455221.jpg

c0080731_19581536.jpg
上と同じMRI画像。

脂肪が目立ちますが^^;

はっきりと腫瘍が写っています。

 **************************************************
     ≪担当ナースIさんの看護記録より   opeについてのIC≫
      
 私)えぇー!そんなに大きいの?今後の心配もしたくないので取って下さい。  
   その方が自分でも安心ですね。

  Dr.の説明に対し、うなずき時折笑顔あり。積極的な質問を次々としている。
  Dr.が当初卵巣を残す予定だったが腫瘍増大のため取った方がよいとの
  指摘に対し、上訴あり。
  内容についてはDr.のIC用紙参照。家族はそれぞれ皆表情が硬い。

  明日のope予定でope術式の変更に対し、大きな動揺を見せることはなく
  前向きに自分の疾患について受け止めている様子。
  現在は大きな不安言動はないが、昨日睡眠できなかったことより、
  ストレス・不安があることが予測され、opeまで声かけ傾聴について行う。

*****************************************************
  後から読んだIさんの記録通り、私だけが明るかったみたい。
Dr.からも、良く調べてあるね!と言われた。

7時・・・・アレルギー反応の注射。下痢はまだ続いている。

10時・・・消灯。眠れたか!って?爆睡出来るほど肝っ玉デカくないです・・。

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by hijiki222 | 2003-02-25 11:28 | 手術前日 画像あり

入院

  【入院一日目】  2003年2月20日

とうとうこの日が来た!

さ~頑張るよ~ガン退治に向けての一歩。

入院の手続きを済ませ病棟の案内。
2年前の次男の入院で勝手知ったる病院です。

病室は大部屋(6人)希望だったが空きがなく3人部屋となる。
(同じく今日入院の子宮筋腫の人は大部屋だった)
この部屋は一日5千円!こんなに狭っこくて5千円か…

担当のナースはIさん。凄い美形♪

病室は体ガンで手術を受けたばかりの人と、抗がん剤治療中の人。
大部屋6部屋と3人部屋2部屋。個室3部屋があるが
50~60代の人ばかりだ。

夜、熱が出て氷枕を持ってきてもらう。


  【2日目】

朝に熱は下がったけど、環境の変化で寝付けなかった。
子供のことが気になり、電話をかけに行こうとベッドから立ち上がると
体からドロっと何かが出てきた。生理でもないのに出血した。

午前中CT検査

明日は土曜なので土日は検査がない。
同室の人が外泊すればいいよと教えてくれて午後から外泊。
もう帰れるなんて拍子抜けしてしまう。

ベッド代がもったいないよな・・・


  【外泊中のお見舞い】

外泊から病院へ戻るとベッドに紙袋が置いてあった。
貼り付けられた紙にはナースステーションでもらってきたのだろうか?!
走り書きがしてある。

『外泊と聞いて、ちょっと安心。やっぱり子供達との時間が楽しいし大切だね。
会えないは残念だけど又来ます。すっぴん顔も可愛いわよ。
私が入院中に以外と便利だったものを置きます。
それと、入院中でも、お肌の手入れは忘れずに(笑)
ヒマをもてあますから、その時にお肌の手入れでも(私の経験より
では!がんばってネ!!  湧』

横浜から湧さんが来てくれたのだ!!(HNなので本名は知らない)
彼女とは2年前にあるチャットで知り合った。チャット仲間でオフ会も
何度か開いたことがある。彼女とは2回しか合っていなかったが
私を妹のように可愛がってくれた。

紙袋には前空きのドレスタイプのパジャマとピンク色の可愛いパジャマが
入っており、キティーちゃんのバレッタも入っていた。

つつつーーーと涙がこぼれた。。。嬉しかった。
外泊したことを後悔した。

  【誕生日】

今日は誕生日。自宅で迎えられて嬉しい。
子供達がロウソクを立ててくれた。
あれ?一本多いよ!
来年も迎えられるように♪ってことね。
そうゆうことにしておこうw


  【神社】

外泊中に友達と後厄払いに行った。手術うまくいきますよ~に。

  【涙】

日曜の夕方になり、病院へ帰る前に両親に顔を見せた。

「春になったら温泉でも行こうな」 と父。

涙がこみ上げてきた…。父と母の手を握り

「元気なって帰って来るからね」 と約束した。

面会時間を過ぎて病院に戻る。
次男とチュッ。牛丼の味がしたよ。

消灯時間までの数時間、病棟にあるディールームにいた。
両親・姉・長男・次男・相棒に手紙を書いていたのだ。
絶対に生きて帰れる保障はない。
もし・・・・もし・・・・・。
すべて書き終え破って捨てた・・・・。
こんな事したら本当に帰れなくなりそうだったから・・・。
ベッドに戻っても泣いていた。
かなりナーバスな私^^;

消灯時間が3時間過ぎても私は泣いていた。

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by hijiki222 | 2003-02-20 07:59 | 入院

入院まで 

  【ア○リクス】
仲の良い友達に病気のことを伝える。
彼女のお母さんは5ヶ月前食道ガンで亡くなったばかりだった。
私が手術を受ける病院で長期に渡り入退院を繰り返していた。

彼女は私のことを凄く心配してくれた!
とっても嬉しかった。

お母さんが入院中にア○リクスを服用していた人が多かったらしく私にも進めた。
正直、私は信じることができない。
でも彼女の気持ちを思うと頑なに拒否出来なかった。

そのことをある人に相談すると、ア○リクスは体に良い物とされているが
今の悪い所にも栄養がいき、もっと進行することもある!と聞いた。

ある日、彼女は4万円分(一本1千円)のア○リクスを買って来てくれた。
忙しい中、薬局を何件か回り、話を聞いてくれたみたい。

その4万円とは私の家族と彼女の家族との
恒例となった夏旅行の積み立て費。

そこから捻出したってことは半分は彼女が出してくれた。
ありがとう。。。でも。。。最初、拒否した私の気持ちも察して欲しかった。

結局、数本飲んだだけ。良いものか悪いものかは定かではないけれど
やはりガンが進行してしまいそうで怖かったのさっ!ごめんね。

○後日談・・入院中ドクターにア○リクスのことを聞いてみた。
 
 「抗ガン剤を受ける際、ア○リクスを服用していると
 肝機能が低下するので出来れば飲んで欲しくない」

...........................................................................................
 ア○リクスのせいかは定かではいけれど、私は抗ガン剤の副作用で
 肝機能が低下してしまい長いこと薬を服用するはめに・・・
 外泊許可が下りなかったこともあった…。



  【両親に告白】   

胃ガンの手術を受けてから何度か入退院を繰り返した父。
手術から10ヶ月しか経っていない父は今日も具合が悪く寝ていた。
それなのに私は話すことを決めた。
明るく、あっさりと

「私もね~ガンだった!」

涙をグッとこらえて言った。
ごめんね。。。心配ばかりかける娘で・・・。

父があんなステージだったのに、こうしてここに居るんだもの!
私だって元気になって帰ってくるからさ☆


  【入院中の家の心配】

予定では一ヶ月間の入院(実際101日になってしまう)
何かと家のことが心配だ。

夕食は近所に住む姉が来て作ってくれる。
中学の息子は毎朝通学の途中で姉の家にお弁当を取りに行く。

洗濯は出勤前の相棒に任せた。

まだ1歳だったワンコは子供達が帰宅するまでケージに閉じこまれる。
イタズラするので仕方ないね。

姉がいてくれて本当に助かった。感謝してます。
息子達にも寂しい思いをさせてしまう。ごめんね。。

A4の紙に注意事項を書いて何枚も家の中に貼り付けた。
戸締り・火の確認・ワンコのご飯・洗濯物・・…

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by hijiki222 | 2003-02-10 03:34 | 入院まで