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2003年1月 子宮ガンの告知を受けました。その後、手術・抗ガン剤・放射線の治療を終え、今は元気に暮らしています。しっぽな 


by hijiki222
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私の本音。。。

彼女の娘っ子と孫っち連れて

彼女の勤め先のお給料貰いに・携帯電話解約・警察署・不動産屋・アパートの片付けの見積もり?
などなど・・・

動いていたわけですが・・・・

腑に落ちないことばかり・・・


遺書はどこに消えた???

大家さんはすべての荷物をドコへ持っていった??

なぜ最後に一緒だった彼は彼女は亡くなったことを知ったその日にゲームが出来る???

謎ばかりです。。



未遂の日から今日まで彼女のことを考えない日は一度もない。

未遂をした翌日、彼女のアパートに行ったとき
テレビ台の中に息子と娘の写真。私と私の息子二人の写真だけが
切り抜いて写真立てに飾ってあった。

寂しかったんだろうね。。


なら・・・なぜ

寂しいって・・・・・

つらいって・・・・・


言わなかったの?


強がってばかりいたの?


いつも思ってた。そんなクソみたいなプライド必要?

嘘を付いてまで私より上でいたかった?


嘘を分かっていて指摘しなかった私も悪い・・・・。


悲しみ・・・・怒り・・・・・そして今は寂しさも感じてる。


夢でもいいよ。

うらめしやーーって出てきてもいいから本音を聞きたいよ。



私が一番知りたいこと。
最後に一緒だった彼からの話。


遺書にもあったように確かにツケがまわってきたのかもしれない。


でも、彼と笑顔で帰ったときは命を絶とうって思っていたのか・・・・。
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by hijiki222 | 2011-05-26 20:29

さよなら。。


あまりに身勝手にいってしまった彼女。

たった6人だけで見送った。
誰も涙すらこぼさない。。

18年の思い出を振り返ると
こみあげてくるものはあるものの
彼女が残していった借金や後始末を考えると
息子夫婦、娘夫婦前では泣くわけにもいかなかった。

最後に一緒だった彼さえも姿を見せることはなかった。


遺骨を拒否していた兄妹だが、助手席にポツンと置かれ
息子の自宅に帰っていった。
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by hijiki222 | 2011-05-24 01:47